今回はこちら
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(注 ”舟”木橋とも紹介されてるが、現地では船木橋と書かれてあった)
こちらはストリートビューカーも橋を渡り抜けているので
まあ紹介はいつも通りに簡単にw
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読みにくいが宮川と彫られている

同じく船木橋と彫られている

昭和9年(1934年)

橋を渡った先は
同県度会(わたらい)郡大紀(たいき)町船木となる


船木橋の上流に架けられているのは
国道42号の新船木大橋
注
新船木大橋を南に渡った先の信号交差点名は船木大橋南
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橋の入り口には”新”船木大橋
どっちが正しいのでしょう???
ちなみにこの船木橋は新船木大橋が出来て旧道落ちしてますが
以前は国道だった模様
(現在は県道747号となっている)

その新船木大橋のちょっと上流で大内山川が宮川に合流してます

奥に見える緑の橋はJR紀勢本線の宮川橋梁
更に奥に見える白いものは三瀬谷(みせだに)ダムです







これまた読み取りにくいがひらがなでふなきはし



この道は熊野古道でもあるようです




この船木橋の全景を撮りたかったのだが、川に下りれるようないい場所はなし
ならばと新船木大橋から全景を!と思ったのだが
新船木大橋には宮川上流側にしか歩道がないのであった
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やむなく車の窓から手を伸ばして撮影したのがこちら↓

う~~~ん、イマイチであった・・・
煉瓦の橋脚を写したかったのですが
宮川本流と支流大内山川の合流地点近くの要衝の地で、
江戸時代にはこの場所に渡し場があった。
明治35年(1902)木橋が架けられたが、洪水で流出したため、
再び37年に起工し、翌年7月に写真の橋が完成した。

2万8千余円の工費を投入し、
「水面上九十七尺、長五十間、幅十二尺」の当時としては非常に高い橋で
「四周山獄に屹立(きつりつ)する」と『三重県案内』に表現している。
注 屹立
- 山などが高くそびえ立つこと.
- 人が動かずに立っていること.
さらに、橋脚は煉瓦造りで、
目地や隅石の白色が煉瓦の赤色と対比されて非常に美しいものであった。
昭和9年(1934)3月には木橋が鉄橋に架け替えられたが、
橋脚は明治期のものを使用した。
同42年に橋のすぐ上流側に国道42号線の舟木大橋が架けられ、
通行は少なくなったものの、
今後は三重県の貴重な近代化遺産として保存が図られることになるであろう
(『三重の近代化遺産』)。
おまけ
1961年(昭和36年)~1969年(昭和44年)の航空写真

1966年(昭和41年)完成(間近?)の三瀬谷ダムが写ってます
1967年新船木大橋完成なので丁度その境の頃の写真でしょうか?
www5e.biglobe.ne.jpR42号新船木橋補強工事

