過去記事の再アップです(2023年5月アップのもの)
記事内容はそのままで、基本加筆・修正はしていませんので
リンク等には誤りがあるかもしれませんのでご了承ください
前編からの続きです



地階には37台の車が所狭しと並べてあります


2代目スカイライン
タクシー・ハイヤーといった社用車ではなく、
サラリーマンが自分で車が買える時代になり
〝マイカー〟という言葉が使われ始めた頃、
プリンス・スカイラインは大きな飛躍を迎え、
昭和38年9月二代目スカイラインは
新感覚の近代的ファミリーセダンとして誕生した。
昭和41年の日産自動車との合併に伴い、
翌42年に発売された後期モデルは
ニッサンプリンスという呼び名に変わったものの
依然として純然たるプリンス製に変わりなく、
S57型スカイラインにはプリンスの最先端技術の結晶とも言える
G15型SOHCエンジンが搭載されている。
このユニットはチェーン駆動・半球型燃焼室とクロスフロー方式という
画期的なメカニズムで88psの高出力を誇り燃費も大幅に向上し、
翌年の自動車技術会「技術賞」を受賞。
当初はG15型のみであったがのちにC10スカイラインにも搭載され
G18・G20型へと発展。
更には1973年の排ガス規制までC110ケンメリにも搭載された。
















BNR34GT-R〔車台番号010107〕
先代GT-Rでの反省点と、その開発過程で得られた技術的なノウハウを投入し
「世界一の走り」をテーマに掲げて開発された10代目のR34型は、
居住性よりも走行性能を重視し平成10年5月に登場。
ボディーのサイズダウンを図ると共に剛性を大幅にアップ。
走行安定性を向上させ、その重さを意識させない仕上りとなった。
そして翌年1月にはGT-Rが発売され、
Vスペック・VスペックⅡ・Mスペック...と開発陣の限りないエネルギーと
情熱を注ぎ込まれ、常に「究極」を追い求め進化し続けてきた。
そうGT-Rは決してとどまることを許されなかった。
それらGT-Rの集大成ともいえる最終限定車VスペックⅡ「Nur」は
発表当日に1000台が完売する快挙を成し遂げ、
改めてスカイラインの人気の高さを証明しながら
二世代GT-Rはフィナーレを迎えた。
R34は20世紀最後のGT-Rとなったのである。
この車両は、日産村山工場で最後に生産された、まさに記念すべき一台である。



1代目ピンボケで没 8代目撮り忘れ

ハコスカバン サービスカー
昭和40年代、日産プリンスのロードサービスは
このハコスカバンにて行われていました。




スカイライン2000GTR ハコスカレーシング#21
サーキットで勝つために生まれた「GT-R」は、
JAFグランプリ2年10か月にしてサーキット50勝の
前人未到の記録を達成しました。
同車両は'72年3月の富士300kmスピードレースから
同9月の富士インター200マイルレース
久保田洋史のドライビングにより3戦連続表彰台という
輝かしい成績をおさめた車両です。








展示場内にはミニシアターもありまして
NHKのプロジェクトXが放映されてました
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尚、一階のショップでは↓この曲がエンドレスで流れていました
www.youtube.com
この日、朝9時半一番乗りのつもりだったのですが
館内に入ったらすでに外人さんカップルが見えました
熱心に見て回ってみえたので余程のスカイライン好きなのでしょうか?
その後も中年カップルも見えましたので
ここはやはり人気の施設のようです