山神GGのブログ+α

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国道158号 旧道➃ うすゆき洞門+うすゆき橋

前回からの続きです

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国道158号 梓湖(あずさこ)大橋

北側・上高地側より旧道に入ってみます

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こちら側の旧道入り口は一切邪魔ものはなし

旧道に入ってすぐに雪上車の車庫代わりともなってる洞門(シェッド)があります

お名前はうすゆき洞門

そしてその先のカーブにうすゆき橋

だしめ沢に架かるうすゆき橋を渡ると旧道は突如として消えてしまいます

大崩落があった個所は一部自然に戻ってるようです

この先に続いていた仮設道路を残さなかったのはなぜでしょうね?

(情報筋によりますと

 

ここは大崩落の後、一度復旧させました。

復旧させるのと同時に現在のバイパス橋をつくり、

完成後は旧道は通行上にして再崩落後に廃道になりました。

 

とのことです) 

再び崩落があってこのようになったのでしょうか?

と言いますか?完全に崩落個所は治したわけではなく放置ということでしょうかね?

では最後にこちらの旧道のもっとわかりやすい動画をアップしておきます


www.youtube.com

最初からこれを見せろって?!失礼いたしましたw

まだまだ旧道ネタ続きます

 

国道158号 旧道➂ 梓湖大橋(うすゆき橋バイパス)

国道158号 旧道シリーズ

その前に前回ネタの追記で動画を上げておきます

(一応前回記事にも上げておきました)

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www.youtube.com

↑こちらの動画を見たら、わたくしの記事を読む必要はありませんでしたねw

 

さて今回は前回の旧・稲刻(いねこき)橋から更に北上した

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沢渡(さわんど)地区にあります旧道個所です

こちらの旧道個所は現在廃道となっており、通行は不可能

松本市側より国道を北上し

梓湖(あずさこ)大橋手前部分の旧道入り口は

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ガードレールで封鎖されております

試しにガードレールを乗り越え、旧道に入りますと

道路に書かれた白線がなぜか二本ありまして

一本は直線なんですが、もう一本は左にカーブするように描かれてます

そのカーブの先は梓川

なぜに一方の白線が変に曲がっているのか?にはちゃんと理由があったのでした

 

もう一方の北側・上高地側の入り口に向かってみます

梓湖大橋=うすゆき橋バイパスを渡ります

 

うすゆき橋バイパスは、2008年4月20日に開通した、

国道158号災害対策バイパス道。

2005年7月1日15時40分ごろ、

の為に現松本市沢渡付近で土砂崩れが発生、

うすゆき橋付近の道路が土砂に埋もれた。

当時ここでは洞門延長工事が行われており、

小石落石を発見した現場職員が国道事務所に通報、

崩落数分前に通行止め措置が取られており、職員も避難、

巻き込まれた人はいなかった。

崩落の規模は当初幅30m、高さ100mにおよび流出土砂10,000㎥

ほどと見られていたが、

翌日にわたり規模が拡大、幅70m、流出土砂17,000㎥ほどとなった。

国道158号は沢渡と前川渡(まえかわど)で寸断され、

長野県中信岐阜県飛騨を繋ぐ重要な交通路であり、

上高地という観光資源にとって命綱と言える道路の寸断は影響が大きく、

早急な復旧が求められていた。

おりしも7月2日は、被災地の上流にある景勝地上高地へつながる新しいトンネル

新釜トンネル」開通日であり、

開通セレモニーは中止を余儀なくされるとともに、

暗雲立ち込めるシーズン開幕となった。

長野県は同月13日、盛り土によって土砂崩れ現場を迂回する

仮設二車線道路の建設を開始すると同時に、

↑カーブの先にあったとされる仮設道路(現在は残っていません)

カーブとなった白線はこのように続いていたのでした

 

迂回路である上高地乗鞍林道乗鞍から白骨温泉)等の

↑このルートを走ったことのある方ならわかるが

とんでもなく大回りでくねくね道(冬はもちろん雪だらけ)

こんな面倒な迂回ルート生活が3年も続いたようです

 

渋滞対策(シャトルバス誘導)に追われた。

仮設道路の完成は7月28日であった。

結局本格復旧は2008年のうすゆき橋バイパス開通に下る。

蛇行する梓川を突っ切るような延長290mの梓湖大橋と

取付道路からなる延長500mのバイパスであり、

崩落地を無理矢理に避けるようなS字カーブの盛り土部分と共に、

旧道は廃止された。

参考エンペディア

 

次回に続きます

 

国道158号 旧道② 旧・稲刻橋2023 後編

前編からの続きです

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現・稲刻(いねこき)の下を過ぎますと

長野県松本市安曇(あずみ)稲核集落の1 km下流に位置する。

当橋の上流140 mには東京電力発電用ダム稲核ダムがある。

谷が深い当地に建設された当橋の形式は上路アーチ橋であり、

橋脚は両岸の岩盤に固定されているだけで、中ほどの橋脚はない。

国道158号下流から上流に向かうと、

新淵(しんえん)橋梓(あずさ)川左岸に渡り、

この稲核橋までは左岸を通っている。

稲核橋で右岸に渡り、奈川渡(ながわど)ダムまでは右岸を通る。

国道158号の現道は急峻な地形のため落石の危険がある上に急カーブが多く、

交通障害が多いことから三本松トンネルから稲核ダムに至る区間

バイパスする狸平(たぬきだいら)工区が事業中であり、

本橋に隣接して新橋が架設される予定である。

稲核橋

↑稲核橋(上)と先代稲核橋(下)

稲刻橋BYウィキペディア

道なりまっすぐはダムへと続く道

左へと曲がれば目的の旧・稲刻橋です

橋の上流は稲刻ダム

これはなかなかの圧巻の風景

ダム好きの方には堪らないシーンかも

もちろん

『ダムは好きですけどマニアでは有りません』

と言う方にもお勧めであることは言うまでもありません

左手のかなり高い位置に現・稲刻橋

こうしてみると旧橋はかなり低い位置にあることがわかります

旧道は橋を渡りきると右に曲がり、ダムにぶつかって軌跡は消えています

親柱にお名前を探したのですが、見つけることは出来ませんでした

そう!ここに旧旧・稲刻橋の橋台があったのですが

痛恨のミスで見逃しております めっちゃ悔しい!

 

さてさて4枚上の画像にも写っておりますが

この旧・稲刻橋の上に車で乗ってみました

正直古い橋なので、もしかして崩れ落ちないか?と心配したのですが

杞憂に終わっております めでたしめでたし

以上、旧道好き・橋好き・ダム好きには堪らない

国道158号 旧道 旧・稲刻橋2023でした

お近くに行かれたら是非立ち寄ってみてください

あと数年もすると、今度は新・稲刻橋が出来ていることでしょう!


www.youtube.com

旧道ネタは続きます

 

国道158号 旧道➀ 旧・稲刻橋2023 前編

さていよいよ今回より

長野県松本市から岐阜県との県境、安房(あぼう)峠へと続く

国道158号旧道を訪ねるシリーズです

(長編になります しばらくお付き合いください)

 

もちろんこれは大御所 ヨッキれん氏パクり記事である

(いわゆるボッキせんネタですw)

ただ言い訳させていただくと

今回の稲刻(いねこき)橋は完全にヨッキれん氏の記事を見て

訪ねたものだが、次回以降は全く前調査をなく訪ねたもの

アホみたいだがこれは新発見だ!と喜んでみたら

すでにヨッキれん氏が訪れてみえて記事にされていたというオチがあったというもの

まぁ考えればこんな美味しい旧道ネタを大御所が知らぬわけがない

ド素人が大御所に勝てるわけがないのであった

 

でもちょっと悔しいので

この稲刻橋、ヨッキれん氏が訪ねたのが2014年(記事は2016年)

国道158号旧道 稲刻橋 前編 後編

わたくしの記事にはタイトルを生意気にも

国道158号 旧道 旧・稲刻橋2023

とさせていただきました

(また大御所ファンから顰蹙を買うことになるだろうw)

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さて目指す旧・稲刻橋への入り口は稲刻ダムの下方にある

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明ヶ平(みょうがだいら)洞門の出入り口付近にあります

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こちらを梓(あずさ)川方面に入ります

その先に大きな水溜まり

現・国道158号から吐き出された排水が大きな水溜まりを作っているのでした

まぁこちらは誰も通らない旧道ですからこんなものなんでしょう

(この水溜まり、意外に深く難儀します)

 

さてここを振り返りますと

右手にゲートがあり、その先は資材らしきものが並んでおります

実はこちらの個所が本当の旧道ルート

洞門脇から造られたアスファルト道は多分あとから造られたもの

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本来の旧道は洞門手前、左側の資材置き場のところを通っていたようでした

(もちろんこれはヨッキれん氏の教示によるところです)

未舗装となった旧道を500メートルほど走りますと

現・稲刻橋の真下に到達いたします

ここから右を見ましたら

目的の旧・稲刻橋がすぐそばに見えるのでした

後編に続く

 

日本人口重心2015+2020 あしたはどっちだ?七宗町なのか?

 前回からの続き 日本人口重心地の最終話です

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岐阜県関市内の県道58号平成こぶし街道)を走ってますと

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中之保公園の入り口に 日本の人口重心 という

逆三角形の看板を見かけます

これだけを見れば、誰もがこの中之保公園が

2015年(平成27年)の日本人口重心地なのか?と思うのですが

この公園に入って見れば

トイレの横に案内看板がありまして、そこには

人口重心地の場所は更に→方向ですよと書かれており

言われた通りにそちらを覗くと

鉄塔の向こうに山が見えるだけの風景でして

この鉄塔の左上あたりが2015年の人口重心地だと言うのです

で、もって前回の2010年同様

 

個人所有の土地のため立ち入りはご遠慮ください。

 

とされているのでした

何とも人を食ったような案内板

中之保公園が人口重心地だと思った人には騙された気分となります

 

これでは余りにも悔しいので

それでもその山の付近まで訪ねて見たのですが

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やっぱりそこには何も案内はなし

何とも盛り上がらない結果となるのでした

以上これにて2015年は終了 ちゃんちゃん

 

 

 

そして2020年(令和2年)となりますと

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場所は関市の外れに移りまして

2020年国勢調査に基づく日本の「人口の重心」が

前回15年調査に続き岐阜県関市中之保だったと発表した。

東京都などへの人口集中で地点は南東へ約2・2キロ移動した。

↑新たに日本の人口重心となった地点周辺=関市中之保

参考こちら

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試しにわたくしもこの周辺あたりを走ってみたのですが

(↑は石上神社

何~~~~にも見つけることは出来ませんでした

 

新たに日本の人口重心となったのは

関市立武儀小学校から東南東に約4・5キロの地点。

周囲を山に囲まれており、近くに住む男性(70)は

何もない過疎の集落。

人口重心と聞いてもピンとこないが、

少しでも話題になれば」と話した。

 

人口重心は2000年調査から20年以上、

関市内(旧武儀(むぎ)郡武儀町)にある。

市は記念のベンチや看板を設置しPRしてきた。

(↑そのPRの結果がこれであることをわかっているのか!?w)

担当者は「まさに関市が『日本のへそ』」と歓迎。

ただ、新たな重心は加茂郡七宗町に一段と近づき

関市が人口重心となるのはおそらく

今回が最後

市のアピールにつなげたい」と語った。

 

↑これは2023年1月の談話記事より

すでにそれから半年くらい経っておりますが

何も近くには市が言うようなアピールのようなものはありません

どう転んでも次回(2025年)の人口重心地は七宗町になる予定

あしたはどっちだ?七宗町なのか?


www.youtube.com

売店 あしたのジョー EP レコード abamedyc.com

明日のジョー - YouTube

あした」について──「あしたのジョー」論その六 | 語り部の ...

あと2年しか残りの月日はありませんが

それでも関市は何かをわざわざ遺すのでしょうか?

はたまたこのまま有耶無耶にして月日が流れるのを待つのか?

 

これまでの経過からして今回も個人所有の山の中のようですから

立ち入り禁止のはず

関市もこれには散々懲りているはずですから、さて今回はどうするのでしょうか?

今のところ、付近には何のアクションも見当たらないのでした

 

一方、次回人口重心地予定の七宗町

手ぐすねを引いて吉報を待っているのかも知れませんが

これまでの関市20年間の事情経過をよ~~くよ~~く調べて下さいね

同じ轍を踏まぬようお願いいたします

 

以上、誰も興味を持たないと思われる

日本人口重心地のシリーズ、であります

長々と失礼いたしました

 

日本人口重心2010 誰も知らない2010年版ついに発見!(大ボラか?)

誰も興味がないであろうが、あえて続きを書かさせていただく

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日本人口重心ネタ

2000年(平成12年)2005年(平成17年)

来たら、次は2010年(平成22年)である

人口重心「今回が最後?」岐阜県関市 東京集中、じりじり東南東 ...

もちろん場所は岐阜県関市にあるのだが

これをネットで調べてもほとんどヒットしない

と、言うか、場所が特定出来ないのである

このネタでお世話になった週末大冒険さんもさすがに2010年の場所は

突き止めてみられず、記事内では

 

次期に当たる2010年の人口重心は、確か個人宅であったと聞いたことがある。

当然碑などを作って集客するのは困難。

 

と、書かれてみえます

 

ちなみに総務省統計局のデータですと

 

岐阜県関市富之保

(関市立武儀東小学校から東北東約1835m)

東経137度01分45,46秒

北緯35度35分35,31秒

 

となっており、これはどこを指すか?と調べますと

富之保大洞地区の山の中となるのです

(実はネットでこの近くまで調べに行ったという記事があったのだが

なぜか再検索してもその記事が見つからないのであった)

 

で、道の駅平成に実は2010年の大体の場所が

示されていた地図があったのでした

2015年(平成27年)=中之保公園↓も

2020年(令和2年)↑も

日本人口重心地は岐阜県関市であったと

案内がされてますが、わたくしが求めているのはその前の2010年版

道の駅をキョロキョロ探し周り、ついに見つけました!

地図をよく見ると↑満願寺近く

やはり2015年(平成22年)のは大洞地区にあることが証明されたのです

こうなると最後は現地確認しかありません

大洞地区の奥へと正洞林道に入って行きます

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珈琲香房ひと葉を通り過ぎますと小さな橋

その左手を見ますと何やら看板が!

おお!もしかしてと近づきますとビンゴでした!

看板を読みますとやっぱり・・・

 

人口重心地点は個人所有の土地のため、

立ち入りはご遠慮ください。

 

さすがの関市も所有者を説得出来なかったのでしょうね

近くに看板を立てて、ここからその地点を見るだけにしろ!としているのでした

丁度↑手前の作業小屋の真上あたりになるでしょうか?

う~~ん、結局はどこなのか?よくわからないようなものでしたが

一応2010年版の場所はネットでは紹介されておりませんので

わたくしが一番乗りだと自慢させていただきますw

それがど~した?と言われると何も言い返せませんがw

一応一番乗りだと大ボラを吹かさせていただきました

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誰も興味はないことは重々承知の上で

最終話 2015年+2020年へと続きます

 

国道19号 山吹トンネル 旧道 後編

前編からの続きです

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国道19号 山吹トンネル旧道

木曽川に沿って右にカーブするように進みますと

左手にJR中央本線の線路が見えてきました

↑左手に見えるガードレールの向こうが線路

覗いてみましたところ

48とされたこちらはJR中央本線の山吹トンネル

線路伝いに奥側を見ますと、奥にもトンネルが見えます

そちらにカメラを向けたところ、丁度列車が来たところでした

なぜかここで慌てて姿を隠すわたくしw

列車の車掌さん・乗客にわたくしの姿を見られてはまずいと思ったのですが

別段危険な撮り鉄行為をしてるわけではないのですが

やはり誰もいないはずの旧道にいることの後ろめたさを感じたのでしょうか?

なぜかここで見つかってはいけないと思ったのでしたw

(一応この旧道、立入禁止の場所ではあります)

奥のトンネルは50下嶋トンネル

あれ?49がないんですけれども?

(多分、ここは上りと下りが別々の線路区間になってますので

もうひとつの線路側にあるトンネルが49の表示ではないか?と思います)

旧道は下嶋トンネルの横あたりで木祖村に入ります

ここを振り返ってみれば

同じように反対向きには日義(ひよし)村の看板があるのですが

木々に隠れてますので、よ~くよ~く見ないとわかりません

そして旧道終点にたどり着きます

こちら側の旧道入り口はガードレールで完全封鎖されてました

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一応ガードレールの切れ間からこちらもバイク・自転車は入れますけれども

この旧道入り口に今は誰も見ない案内看板がひっそりとあったことが印象的でした

距離にして500メートルほどの今は通れない山吹トンネルの旧道

このままゆっくりと廃道化してゆくのでしょうか?