前回からの続きです

船明(ふなぎら)隧道 北側坑口を抜けた

その天竜川には現在橋梁など何も遺ってはいません
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ただしはまぞうさんの記事によれば
昭和55年頃に撮影された相津(そうづ)周辺の航空写真には、
第二天竜川橋梁(現在の「夢のかけ橋」)と第一橋梁の橋脚が写っています。
とのことで、はまぞうさんはその航空写真を記事内に載せて見えます
わたくしも真似しまして

↑まだ国鉄 佐久間線工事の始まっていない
1961年(昭和36年)~1969年(昭和44年)の航空写真

↑こちらが問題の航空写真
1974年(昭和49年)~1978年(昭和53年)のもの
天竜川にポツン、ポツンと橋脚が写っております
その拡大したもの

天竜川に三つほど橋脚が写っておりますね
残念ながらこの橋脚はその後取り壊されたようです

↑2009年の航空写真
じゃあ天竜川対岸(県道360号)側に何か遺っていないか?と
探したのですが
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対岸側は現在私有地となっており
川岸にさえ近づくことも出来ないのでした
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そして↑ここよりルートが復活








そして再び天竜川を渡るのですが
現在はその国鉄 佐久間線の遺構を再利用して
夢のかけはし=天竜川第二橋梁が架けられています
右岸の伊砂(いすか)ボートパークとを結ぶ歩行者・自転車用の橋梁である。
全長は473.7m。
元々この場所には、未成線となった
天竜川第2橋梁(てんりゅうがわだいにきょうりょう)が建設中であった。
しかし佐久間線の建設中止により、
完成していた橋の橋脚4基が残されることになった。
以降、長年船明ダムの隠れた名物だったが、
船明ダム湖のボート競技場としての本格化と道の駅天竜相津花桃の里の開設に合わせ
2000年(平成12年)に歩行者・自転車用橋として再整備された。
橋桁は赤と白のアーチ型となっているのが特徴である。


尚、当時は橋脚のみが造られて橋が架けられることはなかった

↑夢のかけはしが架かる前の国鉄 佐久間線の橋脚







以前紹介した静岡県浜松市天竜区月地区が見えます
poseidonttzr.hatenadiary.jp



↑再利用された橋脚




続く・・・